支援者と被支援者の隔たり

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社福士やPSWを持とうと思えば、それなりの時間と金が必要です。
多くの場合、何かしらの志を持って、それらの資格に挑むのですから、これ自体は素晴らしい事だと存じます。

しかし、支援の現場でそれは必要ですか?

学歴の無い私は社会福祉主事から社会福祉士への道が開けている事を知って勉強を始めました。今さら大学に行く時間と金は無いです。大学に行けるのなら、それが社福士を取る最短コースですが、叶わないものをネダっても仕方ありません。
上記の勉強をしていれば、支援行動が知識的な側面から円滑になる事は予測できましょう。

しかし、支援の現場でそれは必要ですか?

NPOを一例とするボランティア支援組織は別ですが、公的・準公的機関のそれに就くのに、資格絶対主義が見受けられます。
そして、その割に実力が???な処も在ったり無かったり。

このズレは、「現場を知らない」「当事者目線を持てない」「末経験からの共鳴力不足」から来るように思います。

支援の現場で必要なのは、現場の実情を知っていて、当事者の苦しみに共鳴でき、その上で様々な知識を持つ事でないでしょうか。知識の大切さは人権総合講座で痛感しました。これにより闇雲支援から根拠を持つ支援に変貌しつつあります。
ですが、やはり、当事者目線が先、知識は後だと思います。

今は、同じ福祉向上に関わる支援者と被支援者が分断されているように感じます。
助けてやる、助けて貰う。
それは違うでしょう?
一緒に福祉向上を目指す御同行御同朋。
もちろん只中に居る当事者は、それどころでない。落ち着いてからの話になりますけれど。
少なくとも支援側が、助けてやる思想を、内包してるのは何処か違うように考えます。

我々は自身が現場に居ます。ですから、もし、あなたが何かしらの機関に相談へ行って、「イマイチ」と感じたなら相談ください。
私らの独力で解決できる可能性は有りますし、制度的なレールが適用できそうなら、公的で支援業務やってる人達にキチンと仕事させます。